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  • 執筆者の写真mitsuny

幸せで幸運な人とは

#幸せな生き方 #幸運の鍵 #価値観 #人生



先日ソーシャルメディアで「幸運な人はベストなことが起こらなくても気にしない」というのがありました。


私はそれへの返答として、「幸運な人は自分に起こったことはすべてベストと思うのです」としました。


あなたはどう思いますか?



自分に起こった事は全て素晴らしい事だと思いますか?それとも人生の汚点に失敗に苦しんでいる人生でしょうか?



実は誰もがチャレンジを経験しています。なんのチャレンジもなく一生を終える人などいないと思います。


しかしながら最近のソーシャルメディアでは何と多くの人たちが華麗でカッコいい毎日を送っているか披露しあっていますよね。


もちろんそれに異論はありません、本当に。しかしながらそれが永遠に続いているわけではないのは事実です。


華麗な人生の前にチャレンジがあったり下積みの生活があったりするのは至極普通の事です。



問題は下積み生活中の人たちはソーシャルメディアにて下積みをしています、とか宣伝しませんね。


それか今下積み中ですと書いたところでそれほどそのポストが注目を集めるとも思えません。


結論として下積み生活をして花開くのを待っている人たちは注目されないし、密かに下積み生活をしていると言えます。


有名になったり成功してからその人の下積みや努力の過程にスポットライトが当たる事はあるでしょうが誰もがリアルタイムで下積み生活を密着取材したりはしませんね。



と言うわけで誰もが下積みなしで苦労もなく華麗な生活を送っているように見えても仕方がないわけです。


なのに皆んなが華麗な人生を送っているのに私だけがこんなに惨めとかこんなに普通とか、そんな気分になるのは否めないわけです。


そしてそれはシステムが作り出す幻想なわけですよね。



誰もが一生懸命頑張るし、誰もが花開く瞬間を待っていると言っても過言ではありませんよね。



もっと言えば花開く瞬間までの間をどう軽やかに過ごすかも実は成功の鍵と言えるでしょう。


平たく言えば苦労、一生懸命頑張る事をどう思うかです。


私だけが報われないと思うのか。私もきっと花開くと思うのか。それともこの一生懸命頑張る、この下積みの毎日を楽しいと思うのか、です。


ものの見方の問題ですよね。




世の中は一つ、私たちはたった一つの世の中に住んでいます。それなのにある人たちは最低の世の中だといい、ある人たちは世界は素晴らしいといいます。


でも世界は一つです。


もし世界が悪いと決めればもちろん怯えたり心配したりする毎日となります。でも素晴らしいと決めればどんな素晴らしい事が起こるんだろうと期待感でワクワクの毎日となるでしょう。


でももちろんこの両者ともこの世界、つまり同じ世界に住んでいるんですよね。


世界は一つなのにものの見方が違うだけで違う世界に住んでいるような気になります。




では個人が置かれている状況がその人の幸せを決めるのでしょうか。例えば不幸な出来事が立て続けに起こる人たち。その人たちは皆不幸でしょうか。


下積みの人たちは皆不幸でしょうか?



歯を食いしばって花開く瞬間を待つのも良いでしょう。でも歯を食いしばると本当に辛くなりませんか?


どんな時でも軽やかに幸せに生きる事は可能です。なぜってそれはマインドセットだからです。


あなたがどんな世界に住んでいるか。どんな人生を歩んでいるかを決めるのは社会の価値観ではありません。


あなた自身があなた自身の人生の価値を決めるのです。さあ、あなたの人生を幸せな人生と今日決めましょう。そしてそれは可能な事です。



素晴らしい1日を!



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